6月6日

2021-06-05 投稿

その他

近代史の重要な一日について考える。

何の専門家でも無い、一凡人 無職(求職中)の素人視点なので疑って読んでくれ。

はじめに

君、今日6月6日は何の日か知っているか?

日本近代史の重要な出来事の一つ、「ミッドウエー海戦」があった日だ。日本時間で正確には5日から7日辺りだが、趨勢は79年前の本日6日に決した。

そんなの関係ねぇ!と思われるかもしれないが、ご宣託中心の、役に立たない文系学問の中でも、歴史というのは数少ない、見返りのある分野だと思う。現世は歴史の積み重ねで成り立っており、現代社会を考えるなら歴史を学ぶのは有意義だ。俺調べでは、資産家や富裕層より上は例外なく皆歴史に興味があり、ミッドウエー位はよく知っている。超富裕層になるために、歴史を勉強した方が良いと考えている。

俺は戦史が好きで、大昔、子供向けの太平洋戦争戦記本をよく読んでいた。今日は、その知識をひけらかすが我慢してくれ。

簡単な経緯

まず、手短に経緯を書くと、日本の機動部隊(空母とその艦載機を主要な戦力とする艦隊)を含む海上部隊が、ミッドウエー島攻略作戦に進発。米国は島の北東で機動部隊を配置、待ち構えていた。

西から来た日本の機動部隊は、索敵失敗等で、攻撃目標を「陸上基地か、敵機動部隊か」で混乱した。その間隙を縫った、米軍の機動部隊と、ミッドウエー島からの、連続航空攻撃が日本の空母を全滅させた。

日本軍の戦術的な敗因

さて、改めて、君、ミッドウエー海戦で、なぜ日本が負けたのか、何となくでも知っているか?俺も偉そうに書いているが、あやふやだ。

ここから先を読めば知ったかぶりできるぞ。

最初に結論を書くと、日本の敗因は:
  • 米軍が日本の機動部隊が来るのを知っていたというより、日本軍が敵の機動部隊がいるのか知らなかった。
  • 日本の機動部隊は、先に発見される(よって、ほぼ先に攻撃される)のが必然だった。
  • 総合的な戦力、特に航空機戦力で、米軍が圧倒的に優位だった。
この3つだ。以下説明する。この先はある程度の知識が前提なので、興味のある人はネットで調べてくれ。

「知られていた」というより、「知らなかった」

よく言われるのが、情報・諜報戦ですでに負けていたというヤツだ。だが、「米軍は知っていた」というより、「日本軍が知らなかった」というのが、主要な敗因とも言える。

作戦行動に悪影響した不確定要素


広い西太平洋の拠点の中で、米軍がミッドウエー島付近に海軍兵力(太平洋で稼働可能な全ての空母)を集中させていたので、来るのを予測していたのは明白だ。オアフ島からミッドウエー島基地へ航空戦力も移動拡充されていた。

米軍は時期(6月上旬)と場所(ミッドウエー島付近)が大体わかっていて、準備して待ち構えていた。勝てる筈だ。俺もそう思うが、より日本軍にとって致命的だった事が、「日本軍が、索敵で見つけるまで、米軍の機動部隊がいるのか、いないのか、わかっていなかった」という事だ。

日本の機動部隊は、敵空母発見まで、確証がなかった。ましてや発見後も空母の有無で情報が錯綜した。だから逐次判断において「もし発見した時」の為の準備に苦慮し、「でも居ないかもしれない」という事も考慮して、ミッドウエー島の基地と、所在不明の機動部隊の影の2つの敵に混乱した。

確定後の日本軍の反撃


「敵機動部隊が必ずいる」と決めつけていれば、米軍に待ち構えられていても、結果は違ったかもしれない。実際、敵発見後はほぼ互いに攻撃し合う展開になり、空母1隻を大破させた(その後潜水艦攻撃により沈没)。

不利な索敵条件で先に発見され、空襲を受ける

日本の機動部隊は、作戦上、また物理的に先に発見される可能性が高かった。海戦の前半は、日本の機動部隊はミッドウエー島からの索敵で発見されるかもしれないが、米軍の機動部隊は少し遠くで待ち、発見される可能性は低かった

日本軍機動部隊が先に発見される必然


なぜ米軍の機動部隊は島の東で待っていたのか?西から日本軍が来るから自然だが、島を守るなら島より西で待つという手もある。しかし遠くにいれば、索敵条件で決定的な差がつく。なぜなら西から東に、

日本軍機動部隊 ー ミッドウエー島 ー 米軍機動部隊

という位置関係(実際は島はだいぶ南にあって三角形)だからだ。東進してくる日本の機動部隊は、作戦上、島が確定した攻撃目標だったので、最初に島にむかって航行した。そのミッドウエー島には飛行艇(哨戒目的で航続距離が長く水面発着できる飛行機)が約30機も配備されていた。島と日本機動部隊の距離が近くなるほど、島からの索敵で発見され易くなる。

米軍の機動部隊は、日本軍に対峙する前に北東で離れて待って、物理的に日本軍に近い、ミッドウエー島基地の飛行艇に索敵を任せることができた。つまり自分は発見されずに、相手の位置を先に知りやすかった。索敵の条件が、圧倒的に米軍の機動部隊に有利だったのだ。

実際、日本の空母はミッドウエー島基地からの飛行艇に先に発見された。そしてその情報は米軍の機動部隊に程なく届いた。

日本の基地攻撃の空振り


細かい話だが、この発見の直後、日本の機動部隊からミッドウエー島基地攻撃隊が発艦した。基地は飛行艇からの発見報告で警戒、ほぼ全ての航空機が既に日本機動部隊への攻撃発進後で、日本の空襲はあまり効果がなかった。勝敗を決した複数の要因がすでにここにあった。先に発見され、基地の航空機を撃ち漏らしたどころか、それらに攻撃されてしまったのだ。

先制波状空襲


そして、日本の機動部隊は、基地から2回、その後米軍の機動部隊から2回、計4回の先制空襲をされた。米軍は索敵の好条件を生かした。日本が米軍の機動部隊を攻撃したのはその後だ。ずいぶん後手に回ったことになった。

元々のミッドウエー島付近での戦力差

戦史を見ても、連戦連勝の機動部隊を擁する帝国海軍が、どうも敵軍が格段に戦力が下と推測しているフシがある。通説でも、戦力で劣る米軍が勝利したという趣旨も多い。最近この海戦を題材にした映画が公開されたが、そこでもそういう描かれ方だ。しかし、見方によっては、戦力は普通に米軍圧倒的有利だ。

日本が有利だったのは空母数、航空機数では米軍が圧倒


日本軍が知らなかったとしても、先に発見されたとしても、戦力差が大きければ圧倒できたかもしれない。実際、米軍は日本の空母4隻より空母数では劣っていた。しかも米機動部隊の空母3隻中1隻は前月の珊瑚海海戦で大破、ハワイで応急修理した不完全状態だった。

だが米海軍の空母は航空機収納効率が良く、1隻あたりの艦載機数が多い。実際正規空母の数は1隻少ないが、艦載機の合計はほぼ変わらない(約240機)。これに加えてミッドウエー島の基地航空隊が前述の飛行艇以外に約100機。仮に航空機の性能、操縦員の熟練度は日本が優れていたとしても、航空機戦力で計約100機劣っていた日本と大きい戦力差だ

米軍は間隙を突ける攻撃航空機数があった


実際、最初は米軍の空襲を、舵取りで避けられたり、直掩(空母の上空を警備防衛する戦闘機)のゼロ戦が防御できていた。しかし自軍の攻撃隊機と直掩機の着艦収容、再攻撃の準備、攻撃目標変更による兵器転装等で隙ができた。結果そこを米軍が突けたのは、機動部隊(空母2隻の部隊と、空母1隻の部隊、計2部隊)と、基地航空隊に4回先制攻撃するだけの攻撃機数があったからだ。

これだけ有利でも、米軍は薄氷の勝利、偶然(幸運)も必要だった

米軍は待ち構えていた、日本軍は敵空母所在が不明、先に発見される必然、航空機戦力が米軍有利、日本軍にとっては大敗は必然だった。

それでも、「運命の5分間」(興味があれば調べてくれ)は大げさにしても、1時間弱の前後で勝敗が変わったか、日本の被害も著しく少なかったかもしれない。偶然というのは、例えば、上記の隙が出来た時、タイミング良く、米軍の攻撃機が日本の機動部隊付近に到着、空襲を開始した。とにかく米軍も薄氷の勝利だった。上記の条件が幸いした。

管理人

自分の写真
調布 有

ブログ コミュニティ

PVアクセスランキング にほんブログ村

ラベル

IT (28) MLB (13) その他 (59) 安全管理 (23) 格差 (19) 株式以外 (7) 時事 (26) 情報リテラシー (34) 生活 (29) 超富裕層 (42) 痛い主張 (14) 投資 (53) 米国 (34) 労働 (14) 屁理屈 (14)

ブログ アーカイブ

QooQ