SDGやESGを考える。何の専門家でも無い、一凡人 求職中の素人視点なので、真に受けず、疑って読んでくれ。
今更だが、「SDG(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」とか「ESG(Environment, Social, Governance、環境, 社会, 企業統治)」などを唱えたり、事業計画や経営方針に反映させようとする会社が多くなっている。俺も詳しくないが、環境や人権等に配慮した企業の社内・社外活動指針の様なものだろうか。別に取り立てて斬新なものでもない。一種の流行とも考えられる。こういうのは定期的に出てくる感じがする。
俺の勝手な考えかもしれないが、少なくとも株式が公開されているような規模の大きな会社経営の元では、こういうのはお題目の要素が非常に強くて、つまり最重要の目的では無い。つまり、「SDGーESG達成度」が仮に数値化できるとしても、目標数値に到達しないからと言って、それだけで経営者が株主から厳しく責め立てられる事はないだろう。
そして、それで概ね問題無い。
建前というからには、本音がある。企業の本音は何か?
異論あるだろうが、自身の企業としての存続だ。そしてそれはつまり良い業績のためだ。なぜなら、株主がそれを望むからだ。「損失を出して会社の存続は危ういですが、環境維持に関してはプラスです」という会社経営はあり得ない。なぜなら株主はそのような会社には投資しない。
では株主はどう考えるだろうか。
株主は当然、投資先の業績を重視する。では業績は何で決まるか?企業業績というのは究極、経営者を含めた「人材」で業績が決まる。そして、人権や労働で問題がある企業には人材が集まらない。また、その人材が生み出す商品やサービスは、顧客や世間の支持が必要だ。環境や法令で問題がある企業の商品やサービスは、必ず業績に悪影響がある。そして、社外の社会活動に於いては、企業に好印象を持ってもらえる。
つまり人権、労働、環境、法令問題は、業績重視の株主が最も忌避するものだ。良心もあるが、主に業績が大切だからだ。「良心訴求」よりも「業績圧力」の方が格段に経営者や従業員への目に見えない拘束力がある。
だから株式システムが正常に機能していれば、企業にその種の問題を解決しようとする圧力が働く。企業はそのような圧力が掛かって、SDGやESGを唱えているとすれば建前だ。こういう標語は企業の自助努力というか、良心に依存する部分もあると思うが、それに期待する前に、厳しい株主のチェックが働くのが重要だ。
そしてその上で、酷い環境破壊、過酷な労働環境、社内の差別の様な深刻な問題は、政府も法律で厳しく取り締まることが可能だ。SDGとか蜂の頭とか喚かなくても、顧客、株主、政府が厳しく注視するのが効果的だ。だから建前で問題ない。
もちろん、法律は完全では無いし、株主のチェックも充分行き届かない可能性もあるだろう。また、業績を重視するとSDG・ESGが損なわれるような排他的な判断になる場合も無いとは言えない。しかし、それを補うのは「SDG」、「ESG」の様なお題目ではなく、それら既存のシステムの改善だ。本社の前でデモよりも、株主として改善圧力をかけたり、顧客として企業業績に働きかけるのが結局それに効果的につながる。法律に穴があればそれを塞ぐのが効率が良い。倫理に反するような活動が利益につながるようなら、それを防止するように法を整備したほうが良い。良心だけでは心許ないと思う。
また、企業は成長した方が環境や人権にも良いと俺は思うが、それについては、またいつか機会があれば書きたいと思う。