凡人 (求職中) の素人視点なので、真に受けず、疑って読んでくれ。
今更だが、件の記者会見終了後も騒動?が継続している。
賛否両論というか否定的な意見が多いが、何をどうやっても、万事収まる様な方策はなかった。質疑をやっても「新たな疑問が‥」と言われるだろうし、やらないほうが良かったと言っても、何も挨拶なかったら文句を言われる。とにかく何をやっても、またやらなくても、どこからか煩い御宣託者が出てきてケシカランこうすべきとなりやすい。
突然だが、やんごとなき方々関連の結婚について、メディアの報道が盛り上がって?いる。俺は時々ラジオ番組を聴くが、ある番組が一旦中断して、会見のニュースを入れて、しかも会見をしばらく中継していたので、驚いてしまった。別にそれ程緊急性もないのに…ところで、それに関連し、事実でない報道や誹謗中傷について、またそれによる対象者の心身への影響も議論になっている。確かに重要な問題だ。だが、週刊誌とかテレビ等の報道機関をいくら非難しても、状況は改善しない。というのも、何を以て良い報道とか良い記事とするかは、基準が曖昧だ。取材対象の所有物を漁るとか、脅迫まがいの取引をするとか、違法行為をしてまでスクープを求めるのは行き過ぎだが、そうでなければ「どこまで踏み込むか」は各社そして記者各自の自己判断ということになる。特に突然の遭遇状況などでは瞬時に判断しなくてはいけないから、問題も起こりがちだ。生中継も絡むとなると、後で取り消せないし、大問題になる可能性もある。とにかく判断基準が大切になる。
このような反応は、日本で起こったことだから当たり前だが、非常に日本的だ。
日本的とは色々意味があるが、この場合は「一部のスキも許さない、完全無欠の状態や説明を求める」マスコミやその背後にいる人民の嗜好をいう。とにかく、文句をつける箇所を探し出してそこをつつき続ける。
似たような追求は感染症報道でも顕著だ。状況を相対的に説明せず一つのミスも許さない偏った見方がとても多い(俺の個人的な主観)。それに苦言を呈するとまた袋叩き(俺の個人的な感想)。政府の対策で上手く行った部分も沢山あるがそれには注目させず、何かしら否定的な要素を見つけて報道。挙句の果てに良いデータが出てくると「この数字は信用できるのか」という報道をする。死者ゼロ、感染者ゼロ、果てはウィルス根絶まで追求するかもと思わせるような番組構成がある。
先日の投稿でも書いたがこの日本的現象は「需要」から来ており、報道の在り方とか個人の権利とかも大切だが、このようなある種「歪んだ報道」を求める日本人の思考が変わらないとこの傾向は続く。感染症に関してもとにかく全てゼロにしたいというのが未だ主流派に見える。下手をすると仮にほぼ根絶できたとしても、少しでも衛生に反することを言ったり主張したりしただけでも攻撃対象になって全員飽きるまで終わらない。放送する方も商売としては是非はともかく多数派に訴えた方が合理的であるから、仕方が無いといえばそうだ。
それがいいか悪いか分からないが、1つ言えるのは、それ程騒ぐ必要がなさそうな事でいちいち大騒ぎする日本は非常に平和だということだ。唯一、このような負の循環?というか非生産的な論調がが止まるのは、前述の通り「皆が飽きた時」だ。だから「一方的な雰囲気」や「奇妙な意見」が蔓延りだしたらとにかく待つしかない。あるいは、新たな興味対象が出てくるのを祈るしかない。どうだろうか。